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第6回 クラウド時代のITSM/ITIL─グローバルな「共通言語」としてのITサービスマネジメント標準
ITサービスマネジメント(ITSM)の標準であるITIL、そしてISO20000に注目が集まっている。運用管理分野にとどまらず、今後のIT人材の「共通言語」としての役割があるからだ。だが日本での上級資格取得者数はまだ少ないのが現状である。
クラウドの時代は、今までのIT業界を規定していた様々な「約束ごと」が大きな転換を遂げる。インフラ系の要素技術は大きく変わり、プロダクトに関する知識の意味も今までとは違ったものとなる。その一方で変わらないものもある。それは、システムを支える「人」のマネジメントに関する知識だ。
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| EXIN Japan 代表取締役社長 中川 悦子氏 |
特集「クラウド時代のITスキル・ポートフォリオを考える」の最終回では、ITILおよびISO20000準拠ITサービスマネジメント・プログラムの資格試験を運営するエクシン・ジャパン(EXIN Japan)の中川悦子代表取締役社長に話を聞いた。
ITIL(IT Infrastructure Library)は、ITサービスマネジメント(ITSM)の知識体系で、書籍として刊行されている。一方、ISO20000はITサービスマネジメントの国際標準規格で、ITILに基づき策定された。「ITILというと、運用管理の側面に注目が集まりがちです。ですが、実際にはITに関わる人々すべてに関係する知識と捉えた方がよいでしょう」と中川氏は言う。ITILには、情報システムのライフサイクル全体に渡るマネジメントの知識が集約されているからだ。「ITILは、運用分野の標準というだけではありません。アーキテクチャを作る人、戦略を立てる人、運用管理をする人と、すべての分野でITサービスマネジメントの知識を身につけた人材は必要となります。特に、システム要件を決める場に居合わせる人たち、ユーザー側の人や、プロジェクトマネージャの人たちとって、ITILの価値は非常に高いといえます」。
英国政府とオランダ企業が主導した規格に米国IT企業も注目
ITILは、英国政府のITシステムをビジネス視点で効率化する目的で作られた。そして、ITILの資格試験を運営するEXIN社は、オランダに本社を置く企業である。
「ヨーロッパの人たちは、ITILがビジネスになる前の段階から、20年にわたり粛々とITILを作り、育ててきました。英国政府やユーザー企業などが、トライ&エラーで身の丈に合った活動を続けてきたのです。2004年頃になってから、ITサービスマネジメントがビジネスになることに気がついた米国企業がITILを積極的に取り上げるようになりました」。
ここで素朴な疑問が出てくる。IT分野では、主要な技術や概念のほとんどが米国で生まれている。その中で、ITサービスマネジメントの知識体系や規格に関して、英国政府やオランダの企業が主導的な役目を果たしたのはなぜだろうか。
「今までなかった事が大きいと思います。米国には運用管理系のツール製品のベンダーは何社もありますが、運用管理分野の適切な知識体系がなかったのです」。中川氏はこのように語る。ことITサービスマネジメントの領域に限っては、米国のITベンダーがヨーロッパ主導のITILに賛同したのだ。
ITILが成立した背景には、1980年代後半からのITの複雑化、コスト増大がある。1980年代に進んだITのオープン化により、メインフレーマと呼ばれる企業が情報システムを一括して提供する時代から、技術レイヤーごとに複数のベンダーが製品を作り、それらを組み合わせる時代へと移行した。その結果、情報システムのライフサイクルのマネジメントが大きな問題として浮上した。
IT予算は肥大化し、システム構築に失敗する事例も相次いだ。オープン化により要素技術や製品のコストは下がったものの、それらを統合した情報システムの構築と運用、つまりライフサイクルをマネジメントするコストとリスクは増大したのだ。
この変化に対応して、ITの要素技術をそれぞれコスト削減していく個別最適の視点だけでなく、全体最適を追求する必要が叫ばれるようになった。
「そこで、英国政府が音頭を取ってユーザー会を作り、ITビジネスを支援する動きが立ち上がりました。これがITILにつながっていくことになります」と中川氏は説明する。
「実際に英国に行ってみると、キーパーソンはみな顔なじみ。ビジネスだけではない長期的な結び付きがあります。そのような風土でなければ、ITILのような息が長い活動は続かなかったと思います」。
ITは変化が急激な分野だが、「人」のマネジメントは長年の蓄積が必要な分野だ。その両方を扱うITILの策定は長期的な取り組みが求められる活動だった。この分野でヨーロッパのユーザー団体が長年に渡って取り組んできたITILが、世界的に受け入れられるようになったことは興味深い。
ビジネス要求に対応できる人材を
ITILの役割は、ITシステムのコストダウンだけではない。ITとビジネスを結びつける上でITILは重要だと中川氏は言う。
「ビジネス要求をサービスに落とし込む過程では、ITサービスマネジメントの重要性が浮かび上がってきます。ITの要素技術だけに注目したのでは、ビジネス要求は実現できません。情報システムのライフサイクルをどのように管理するかが、より重要になります。ITサービスマネジメントを中心に物事を見ることが必要なのです」。
そして、情報システムをマネジメントするチームにとって、ITILは共通の言葉となり思考法ともなる。ここにITILの真の重要性がある。
「例えばオフショア開発ではITILは非常に重要です。西ヨーロッパの国から東ヨーロッパに発注する、あるいは日本から東アジアの国に発注する、そうした場合にグローバルに通用する共通の言葉、共通のフレームワークがなければ、大変な苦労をすることになります。そこでITILが重要になるのです」。
重要な概念を共有できるか否かで、コミュニケーションの可否が決まる。「ITILという共通の概念、考え方を学ぶことで、海外の人とのコミュニケーションが大きく改善されました。例えば、ITILの導入以前には『管理』と『プロシージャ』はあっても『プロセス』の概念が根付いていなかった。それがコミュニケーションの阻害要因になっていたことがよく分かりました」。
構築であれ運用であれ、ITの難しさとは、直接目で見ることができないものを扱うことに起因する。そこで、ITILのような「共通の概念」をチームの各員が身につけているか否かが非常に重要となるのである。
ITユーザーこそ知識を必要としている
ITSM/ITILの標準規格を必要としていたのは誰かといえば、政府機関に代表されるITのユーザーである。古い時代の情報システムは、大手ITベンダーが提供する製品と方法論により作られていたが、それだけではユーザーが真に求める情報システムは得られない。
「ユーザー達がITを学び、情報を交換し、成功事例を調べ、発注者側としての知識を増やしていき、ベンダー側と渡り合えるようになるになるには、知識が必要です。そのための『知恵袋』がITILなのです」。
中川氏が強調するのは、「ITILは、都合の良い部分を切り貼りして使える「テンプレート」とは違う」という点である。
「日本市場もそうですが、米国市場でもテンプレートへの要求は強いと聞きます。しかしITILはヨーロッパで育ったベストプラクティスです。自分たちの事情は自分たちで考える、という思想に基づいています。そのうえで、みんなで情報を交換し、うまくいったら共有する。それがITILなのです」。
日本で特に求められるITサービスマネジメント高度人材
ITSM/ITILが注目されるようになってきたとはいえ、日本国内でのITサービスマネジメントの上級資格取得者はまだまだ少ないのが実情だ。
日本国内の資格取得者数は、2011年6月時点で、累計約9万6000人(V2、V3 Foundation、V3 F. Bridge)に達している。ただ、上級資格を見ると、2011年8月末時点で「V2 Practitioner、V3 Intermediate」が1030人、「V2 Manager」が455人である。「V2 Manager」資格取得者はまだ稀少な人材といえる。
一方、グローバルに目を向ければ、アジア諸国のIT人材の高度比率が高まっているという状況がある。「Foundation」取得者数に対する「V2 Manager」取得者数の比率は、グローバルで5%なのに対し、日本では1%にすぎない。
IPAが発行する『2010年IT人材白書』によれば「ITサービスマネジメント」人材の中での高度比率は11.9%に過ぎない。IT人材の高度比率が平均して28%であるのに比べても低い数字である。
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だが、これからの時代はそれだけでは済まないだろう、と中川氏は考えている。
「昔のエンジニアは、例えば同じ職場で20年かけて経験を積んでいく、といった育ち方をしています。しかし、これから大規模な新規システム構築をゼロから始めるような案件はそうそうありません。既存システムの改修や運用が仕事の中心になるでしょう。そこで経験できない知識は、教育によって得ることが大切です」。
クラウドの時代の知識体系とは
クラウドは、ITを変える。クラウドの時代、ITILの役割はどのようなものになるのだろうか。そして、クラウドの時代に求められるのは、どのような人材だろうか。
「クラウドになった瞬間、ITの中身は、極論するとなんでもよくなります。多くの企業が求めているのは提案型の人です。ITを知りつつ、ビジネスの言葉も分かり、ITとの通訳ができる人が貴重です。その意味では、シングルスキルよりマルチスキルの重要性が高まるともいえます。なるべく幅広くITを知ることで、どこにITを使えば良いのかを提案できるようになります」。
クラウドの時代に最も求められるのは、変化へ対応する能力だ。技術が大きく変化する時代にあっても、「人」のマネジメントのための知識は生命力を持ち続ける。ITサービスマネジメントの知識体系は、変化に最も強い知識なのだ。
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